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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10986号 判決

原告 三林金太郎

〈ほか九名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 寺口健造

同 寺口真夫

被告 古市教信

同 宗教法人極楽寺

右代表者 古市教信

右被告ら訴訟代理人弁護士 林忠康

同 山根伸右

主文

一  原告らの請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告古市教信(以下被告古市という。)は原告らに対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を明渡し、かつ、昭和三九年一一月一日より昭和四七年九月一三日まで一ヶ月金六五〇円、同月一四日より明渡ずみまで一ヶ月金九、〇〇〇円の各割合による金員を支払え。

2  被告宗教法人極楽寺(以下被告寺という)は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を収去して本件土地を明渡し、かつ、昭和四七年九月一四日より明渡ずみまで一ヶ月金九、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  三林治郎吉(以下治郎吉という)は被告古市に対し、昭和二二年ころ、本件土地を普通建物所有の目的で、期間を定めず賃貸して引渡し、被告古市は同土地を被告寺に転貸し、被告寺は同土地上に本件建物を建築して所有している。

2  治郎吉は昭和二六年一一月一〇日死亡し、原告三林金太郎(以下原告金太郎という)外九名の原告らが同人を共同相続(含代襲相続)し、本件土地の所有者兼賃貸人となった。

3(一)  被告古市は昭和三九年一〇月分の賃料一ヶ月金六五〇円の内金六〇〇円まで支払ったが、同月分の残金五〇円と同年一一月分以降の賃料を支払わない。

(二)(1)  その上昭和四一年春ころより被告古市は「本件土地は治郎吉より贈与を受け自己の所有となったものであるから賃料支払の請求を受ける理由がない」と主張し、更に昭和四六年、原告金太郎による賃料支払を求める調停の申立(大森簡易裁判所昭和四六年(ユ)第六七号)に対しても同様の主張をくり返し、同調停も不調に終った。

(2) 被告古市のこのような態度は賃貸借における当事者の信頼関係を破壊するものである。

(三)  そこで、原告らはやむなく昭和四七年九月一三日到達の内容証明郵便をもって被告古市に対し本件土地の賃貸借契約を解除する意思表示をなした。

4  原告らと被告古市との間の賃貸借契約が解除されたことにより、被告古市と被告寺との間の転貸借関係も終了したから、被告寺には本件建物を収去して本件土地を明渡す義務がある。

5  よって原告らは被告古市に対し、本件土地の明渡しと、昭和三九年一一月一日から昭和四七年九月一三日まで一ヶ月金六五〇円の割合による賃料の支払並びに昭和四七年九月一四日から明渡ずみまで一ヶ月金九、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求め、被告寺に対し、本件建物の収去および本件土地の明渡しと昭和四七年九月一四日から明渡ずみまで一ヶ月金九、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告らの主張

1  請求原因1の事実のうち、治郎吉が以前本件土地を所有していたが被告古市が同人から同土地の引渡をうけ、被告寺が同土地上に建物を建築し所有するに至ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

請求原因2の事実のうち治郎吉の死亡および相続関係は認める。請求原因3の事実のうち(一)の事実は否認する。同(二)(1)の事実は認めるが、同(2)の事実は否認する。同(三)の事実は認める。請求原因4および5の主張は争う。

2  被告古市は昭和二一年九月ころ治郎吉から本件土地を被告寺の境内地として贈与を受けて所有権を取得し同人からその引渡しを受けた。また、被告古市は昭和二七年から春秋の彼岸に各金三〇〇〇円を原告らに対し交付してきたが、それは賃料として交付したものではなく、治郎吉から本件土地の贈与をうけた謝礼と供養の趣旨で交付してきたものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本件土地が昭和二一年九月ころ治郎吉の所有であったが、その後被告古市が治郎吉から本件土地の引渡しを受け、被告寺が同土地上に本件建物を建築所有するに至ったことは、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、被告古市が本件土地の引渡しを受け、被告寺が本件建物を建築するに至った経緯として、次の事実を認めることができる。

被告古市は昭和二〇年一〇月ころ疎開先の札幌から帰京し被告寺の建設用地を求めていたところ、昭和二一年になって被告寺の信徒として大正末期のころから親交のあった治郎吉(原告らの先代)から、戦死した同人の次男の供養の意味で本件土地を境内地として使ってもらいたいとの申入れを受けてこれを承諾し、昭和二三年春頃被告寺の本堂庫裡として本件建物を建築した。建築後被告古市は治郎吉に対する感謝の意をあらわす意味で、折にふれ生活物資や旅行先の土産物等を持参していたが、昭和二六年一一月一〇日同人が死亡し原告らが同人を相続した後(同人の死亡および原告らの相続の事実は当事者間に争いがない)、四男の原告広茂方へ春秋の彼岸に金三、〇〇〇円ずつを持参していた。しかし、昭和二八年ころからは、長男である原告金太郎は、本件土地は治郎吉の所有で原告らがこれを相続したとして、治郎吉の生前から同人の所有地の管理にあたっていた差配の池和田三男に対し本件土地の管理を委託し、以来同人が春秋の彼岸と盆に被告寺に来てその都度金一、五〇〇円ずつを集金していた。その後昭和三九年終り頃池和田が右金員は賃料であるとして値上げを要求し、被告古市がこれを拒否したため、池和田は集金に来なくなったので、被告古市は原告広茂方へ年に二回金三、〇〇〇円ずつを昭和四一年ころまで支払っていたが、原告金太郎の強い意向により、原告広茂がその後の被告古市からの送金を同被告に返送した。以来被告古市からの金員の支払いはなされていない。

≪証拠判断省略≫

三  前記認定のように、治郎吉が被告古市に対し本件土地を引渡し被告寺のための境内地として使用させた関係につき、被告らはこれを贈与であると主張し、原告らはこれを賃貸借であると主張するので、この点について検討する。

(一)  土地の贈与の認定にあたっては、その財産的価値が低くないだけに慎重を期さなければならないことはいうまでもないところであるが、本件土地のように都心に近く二四七・九三平方メートル(七五坪)もある土地を無償で手放すということはよほどの動機がない限り通常では考えられないところであり、いかに、戦後の未だ土地価額の騰貴していない時代とはいえ、単に次男の供養のためというだけでは、贈与の動機として十分とは認めがたい。

また、≪証拠省略≫によると、次郎吉は本件土地を明治三六年一二月二日売買により取得しその旨の登記を経由したが、被告古市に本件土地の使用を許してから約五年を経過するも同被告にその所有権移転登記をすることなく死亡したこと、本件土地の固定資産税は治郎吉および同人死亡後は原告金太郎により昭和二九年度まで支払われ、昭和三〇年度以降の分については原告金太郎が治郎吉名義によりなした申請により本件土地が境内地として利用されているとの理由により免税措置を受けたことが認められる。これらの事情は、治郎吉が本件土地所有権をなお自己に留保していたことを推測せしめるものである。

(二)  更に、前記認定のとおり、被告古市は、治郎吉死亡後一〇年以上にわたり低額ではあるが定期的に治郎吉の相続人に対し金銭を支払い続けており、その趣旨はもちろん被告古市本人が供述するように、治郎吉の供養という意味も含まれていようが、反面多分に本件土地使用継続についての原告ら相続人に対する謝礼の意味を有することも否定し得ないであろう。しかし、右金員の支払いをもって本件土地使用の対価と認めるには、その額が余りにも低額にすぎることからみて、到底困難である。

(三)  そこで、これまで述べたことを前提に本件土地使用の法律関係を検討すると、贈与も契約である以上、本件に関していえば、治郎吉が本件土地所有権を無償で被告古市に与えることにつき双方の意思表示が合致することが必要であるが、前記(一)に認定した事実にかんがみれば、治郎吉が贈与の意思表示をしたとまでは認めがたく、単に、無償で境内地として使用せしめる趣旨のもとに被告古市に対し本件土地を引渡したものと認めるのが相当である。従って、たとい、被告古市において贈与を受ける意思であったとしても、未だこの点についての合意は成立していないものといわなければならない。

しかし、右のとおり治郎吉は少くとも被告古市が本件土地を境内地として無償使用することは容認しており、被告古市の本件土地使用状況からみて、両者の意思はこの点において合致していたということができるから、それにそう限度での法律関係の成立を認めるべきであり、それはとりもなおさず使用貸借関係であると認めるのが相当である。(もっとも、使用貸借の場合物の返還についての合意が必要であるが、境内地として使用するという合意は、境内地として使用しなくなった場合は返還するという趣旨をも黙示的に包含するものと解すべきである。)

四  ところで、原告は本件土地使用関係が賃貸借であるとしてその解除を理由に本件土地の返還を求めるのであるが、前記のようにこれが使用貸借であると認められた場合単に賃貸借の立証がなかったとして原告の請求を排斥するのはいかにも形式的に過ぎる。両者がともに貸借契約であって、借主は使用期間中善良な管理者として物の保管義務を負い、契約終了により物の返還義務を負い、貸主は借主に物を使用収益させる義務を負うという点では共通していることにかんがみ、賃貸借の解除事由として主張されている事実が使用貸借の解除事由ともなり得る場合には、その事由により使用貸借が終了したかどうかにつき判断しても、当事者の主張にかかる範囲を逸脱するものではないというべきである。

原告が解除事由として主張するのは、賃料不払の点および請求原因3(二)(1)の事実(この事実は当事者間に争いがない)が当事者間の信頼関係を破壊するものであるとする点にあるが、この後の点は使用貸借の解除原因としても主張し得るものと解せられるので判断する。原被告の紛争発生の契機は、本来謝礼である以上要求すべきでない値上げの要求を原告らが持出した点にあり、原告らが被告の従前の例にならった謝礼の支払の受領を拒絶したことから一層こじれはじめたもので、紛争発生の原因は原告らが作出したに等しく、被告古市の自己所有云々の発言はこれに誘発された形で自己の主宰する被告寺を守る意図のもとになされたものと認めるのが相当である。そして、法律の素人である被告古市が長年無償で自己所有地同然の状態で使用を続けてきた本件土地を治郎吉から贈与を受けたものと信じて被告らの現状を守るため右のような発言をしたとしてもさして非難するに当らない。そうであれば、原告ら主張の事実は未だ使用貸借における当事者間の信頼関係を破壊するまでには至っていないものというべきである。

五  よって、原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

〈以下省略〉

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